災害時の特許管理  

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 はじめに

 今度の阪神大震災については、危機管理システムのあり方が何かと話題になっている。特許庁では、手続期間の延長や書類の発送停止などの緊急措置を講じている。災害発生時における一般的な管理上の留意点をまとめてみた。

 手続きの中断中止

 風水害,地震,火災などの災害発生時にまず考えられるのは、手続の中断と中止です(特許法第22条〜第24条,実用新案,意匠,商標で準用)。具体的には、
(1)当業者が死亡した場合の中断,
(2)特許庁の職務執行不能の場合の中止,
(3)当業者に故障がある場合の決定による中止,
などが考えられます。これらの場合は、特許法第24条で準用する民事訴訟法第222条第2項の規定により、期間の進行が停止します。そして、手続続行の時点から全期間が進行します。例えば、ある手続の期間30日の最終日が1月18日だったとします。1月17日に東京で大地震が発生して特許庁が職務執行不能となったとすると、その時点で手続は中止となります。そして、2月1日にその理由が解消したとすると、その時点から全期間の「30日」が新たに始まるわけです。

 法人の場合に、会社のビルが全壊あるいは全焼して使用不可能となった場合は、前記Aの「当業者」に故障がある場合に該当するといえるでしょうから、審査、審判に系属中の手続については、特許庁長官又は審査官にその旨の上申書を提出することで、「中止の決定」を受けることができるものと考えられます。

 法定期間の延長

 いわゆる指定期間については、期間延長願を出して延長してもらうことが可能です(特許法第5条)。指定期日の変更も可能です。実務上可能性が高いのは、拒絶理由通知時の意見書提出期間や補正指令の応答期間でしょう。今回の震災については、特別に「手続が可能となりしだい速やかに手続を行う」との取扱いとなっており、同条の規定に基づく職権による延長が認められた形となっています。

 手続の追完

 例えば、拒絶査定に対する審判請求は、請求期間経過後6月以内であって、手続可能となってから14日以内であれば、手続可能と規定されていますので、それに従います。このような規定は、他に再審の請求や商標の更新登録出願の期間にあります。これらについては、今回の震災についても特別扱いとはなっていません。

 その他

 例えば、パリ条約上の優先期間,異議申立期間,審査請求期間,年金納付期間などについては、現行法上期間の延長や付加は認められていません。今回の震災については、弁理士会から特許庁にそれらの期間についても善処するように要望しています。
 これらについては、結局のところ、特別立法の中で検討されることになるでしょう。人命にかかわるということではなく、延長等の規定もない以上、特許庁が勝手に期間を延長したり、付加期間を設けるということはできないと考えられます。このような点からすると、日頃から余裕のある期限管理を行うことが、結局は緊急事態にもあわてなくてすむということにつながるようです。

 なお、わが国出願を基礎として優先権主張による外国出願を行う場合は、その出願先の特許庁が判断することになります。

 出願の扱い

 次に、災害により出願が遅れた場合はどうでしょうか。これについては、全く救済の余地はありません。例えば今回の震災の場合でいうと、1月17日に出願を予定していたとします。これが地震の影響で、例えば3月17日に出願したとします。このとき、出願日を1月17日に遡及させることは全く不可能です。これは、出願人の意に反して新規性を失った場合の特許法第30条による扱いなどを考えれば明らかでしょう。従って、出願後の手続については何とかなるのですが、とにかく出願はしなければいけないということになります。
 ですから、被災しても、緊急な出願だけは何とかできるように体制を整えておくことが必要となります。例えば、東京と大阪に出願部門を置いて、一方が機能を停止しても他方で行えるようにする,特許事務所に依頼するとしても地理的に離れた複数のところを利用する,社員の自宅に最低限の処理機能を備えるなどの対策が考えられます。
 では、特許出願に最低限必要なものは何かというと、特許印紙は後で手数料補正が可能ですので、なくても大丈夫です。また、書類は手書きでも可能です。特許図面もフリーハンドで可能です。後で補正するか、あるいは国内優先を利用して書類を完備します。意匠や商標の出願についても、本来登録を受けたいものと類似となるように商標見本や意匠図面を作成して出願し、後で本来登録を受けたいものについて連合商標や類似意匠の出願をすればよいでしょう。
 代表者や代理人の印鑑がなければ、とりあえず個人名で出願しておいて、後で名義変更するという方法があります。事情によっては、サインや拇印でも認められる可能性があると思われます。
 してみると、紙と筆記具さえあれば、とりあえずの出願はできそうです。なお、できればその旨の上申書を添付した方がよいでしょう。
どうやっても救済できないものがあるとしたら、それらの知的財産も被災によって失われたと考えるよりほかないと思われます。知的財産という形がないものを、書類やfdという形があるものとして管理する以上、災害の影響をまぬがれることはできないということでしょうか。